幻の藍色(ウスマ染料)fromタジキスタン (TBSTVより)

昨日の深夜TBSのバラエティ番組 【世界の皆に聞きました】は世界の美人特集でした。
そこで登場したのが、インド・イタリアそしてタジキスタン。

TBSも渋いところついてきますね。そうなんです、タジキスタンは知る人そしる美人の宝庫。
西遊記にも登場し玄奘三蔵を舞踏で惑わす胡姫もおそらくタジク人ではないでしょうか?
中央アジアのペルシア系民族でゾロアスター教を広めた商業の民ソグド人も現在のタジキスタンを中心に
活躍していたようです。

番組の中で紹介されていたのが、ウスマと呼ばれる染料が化粧品としてタジク女性達の
眉毛を一本に繋ぎ、それが美人の条件という話。テレビ用に多少は脚色されていたようですが
ウズベクなども同様にこのウスマは化粧品&染料として使用されているようです。

これまで話は聞いていたが、実際にその染め液を使用しているのを見たのは初めてでした。
またその生葉も紹介されていました。

ウスマ生葉

一本眉の女性

上の写真は名阪カラーワーク研究会サイトからの引用ですが、このサイトは実に丁寧で、内容も深く染めを知るには最高の
テキストが満載されている。主宰葉 麓 泉 (President:Izumi Fumoto )という方でおそらく大学の先生ではないでしょうか?
【このサイトは染色と色彩を楽しみ、知識を交換する場にしたいと思います。】とあるが、ミニ色彩講座(Mini lecture course for colors)とミニ染色講座 (Mini lecture course for dyeing)があり両方ともに、色の奥義を追求していて大変にためになります。
単なる染色の技術ではなく、人と色との深い関わりのなかから色の意味を問いただしているように感じる。
名阪カラーワーク研究所 http://www005.upp.so-net.ne.jp/fumoto/index.htm

このサイトにもウスマについての興味深い内容が掲載されてました。

いろいろ検討した結果、ウスマはヨーロッパ大青の近縁種であることがわかりました。
葉の形はヨーロッパ種より細くてスラリとしていますのでホソバタイセイの原種であると思われます。
叩き染めをして比べて見ると、ヨーロッパ種より濃く染まることもわかりました。

「古代中央アジアにおける服飾史の研究」で博士の学位を取得された加藤夫人の話では、
中央アジア一帯で原住民がウスマを染色に使ったという記録は無いとのことです。
気候風土が藍染めには適していなかったのでしょう。
そして、このようにウスマを化粧に用いる風習は、加藤夫人のその後の調査では、
イランやアフガニスタンにもあったということです。
その後の情報では、近頃ユダヤ人の移民がこの植物を使って染色をしているとのことでした。
草木染め研究家で、執筆家の村上道太郎氏(故人)を伊豆に訪ねたとき、この話をしました。
そして、この植物の同類が西はヨーロッパのWoad(ウオード)、東へ向かって中央アジアのウシマ、
中国の松藍(しょうらん、正しくは松の字に草冠が付く)を経て、太古の昔に陸続きだった
サハリンから北海道にまで行き着き、エゾ大青(ハマタイセイ)という一連の属種を形成したではないかという説
を提案しますと、村上氏は大変興味を持たれて、狩猟民族がマンモスを追って東に移動した道筋に、
ほぼ一致するようだと言われました。

したがって、もしかするとウスマがこれらアブラナ科藍植物の原種であったかも知れません。
いずれにせよ、北海道のアイヌ族は、エゾ大青を使って藍染めをしていたばかりでなく、
刺青(いれずみ)に似た化粧を施していたと聞いていますので、中央アジアに住む民族に共通した風習が、
アジアの東端にまで及んでいたように思われます。
藍を使うボディペインティングは、こうして世界各地で、おそらく藍染めに先駆けて行われていた
のだろうと思います。

加藤夫人とは中央アジア研究の第一人者加藤九祚の奥様加藤定子夫人でしょう。

中央アジアの眉毛を繋ぐ、染料とアイヌ民族の刺青の染料が共通していたとしたら?
大変に興味深い世界です。ちなみにアイヌの人達は眉毛ではなく口を大きく見せる?ために口の周りに刺青を
入れています。
彫り方はマキリと呼ばれる違い小刀で傷をつけ、そこに植物を煮て作った顔料を刷り込む為かなり痛かったらしい
とあります。おそらくこの蝦夷大青が関係しているのではないでしょうか?

アイヌの女性

中央アジアと極東ユーラシアを繋ぐ興味深い関係です。そういえば刺繍の文様にも共通点が見られます。

スザニ スザニ
スザニ スザニ

色について7.≪合成染料について≫

アニリン染料

19 世紀に生まれた最初の科学染料1859年にイギリスで偶然に発見された酸性のアニリン染料は、
フクシネ染料としてとくに赤い色がアナトリア・ペルシア・コーカサス・新彊ウイグル地区などに広まりました。
黒海沿岸からアナトリアへ、絨毯産業の盛んなタブリーズなどから東方へ伝わったのでしょう。

しかしこのアニリン染料には大きな問題があり、光やアルカリ性のもの(石鹸など)に反応し
表面がグレイに変色してしまいました。
1900年を前後してこの染料はペルシア各地にも広まりましたがこの欠陥のため急速に
使用されなくなりました。時として短い期間の染料であったため逆に年代が特定でき、
懐古趣味のあるコレクターなどにの間で一時評価が出たこともありました。

また、誰がもちこんだのかホータンを中心とする新彊ウイグル地区にこの染料のものと
思われる絨毯が結構あります。
新彊ウイグルの研究家杉山徳太郎さんはこのあたりの物を沢山お持ちです。
酸性=アゾ 染料酸性のアゾ染料は1877年に登場し急速に茜に変る赤系染料として
とくに都市の産業としての 絨毯工房に広まりました。
当時高値を呼んでいた中南米産のコチニールに変るものとしても使用されていたようです。
安くて、手軽なクローム系染料が出るまで使われていたようです。

マーシュアラブ刺繍布

クロム系科学染料

1887年に生まれたクローム系の科学染料は、現在に至る高性能の染料として続いています。
定着性が良く、色の変化も少ないく、鮮やかで明るい色を手軽に出すことが出来ます。
確かに自然界から抽出した色は目に優しく、古くなればなるほど本来の自然のもつ色に
戻りいっそう深みが増しますが、クローム系染料はあまり変化が無く、きれい過ぎてしまうかも知れません。

強い太陽光に長時間ふれた場合、草木染めは全体的に色が褪せるのに対して、クローム染料は表面
だけが白っぽくなるという違いはあるようです。最近はアンティークとして絨毯やキリムを
高く売るための様々なテクニックが横行しています。
表面をわざと日光に長時間さらしたり、薬品で洗浄して色を落としたり、部分的に焼いたり削ったり
とテクニックは色々ですが、絨毯などで極端に裏と表の色が違うものはそういう加工がされた可能性があります。

良く絨毯を買う時に裏を見ろといわれます。
絨毯の場合どうしても結び目の細かさばかりに目がいってしまいますが、色の具合を比較するのは大切です。
キリムも同様ですが加工するのはほとんど表で裏には意外と本質が表れている場合があります。
最近は古い糸を再利用して織る場合などもありますので、一概には言えなくなってきましたが、
やはり持っている人=売っている人を信用するしかないのでしょうか・・・。

色について6.≪草木染について≫

これからの草木染について

絨毯やキリムなどの毛織物のより深い知識を得たい場合、産地や部族の分類、文様の違いやその意味
織りの技法と構造、用途,年代、などの情報が必要になってきます。
もちろんそんな情報などなくとも十分に魅力的で楽しむことが出来ますが
もし分析および鑑定する必要がある場合、最も難しいのが色素の分析に関する事ではないでしょうか?

アンティーク・キリム

欧米では数多くの研究書が出版されていますが、染め(dye)に関しては資料が少ないようです。
申し訳程度に紹介されていますが、ほとんどが同じような内容でページ数も僅かです。
確かに、見ただけで染料を特定するのは至難の技です。
最近の科学染料は相当に微妙な色を出すことができますし、時代が経っても色の変化が
あまり無いようです。また、草木染めに関する情報は昔から、秘伝のものであり
それを受け継ぐ者にしか伝授して来なかった、という事情もあるようです。
どんな植物や鉱物、虫や貝から鮮やかな色が抽出されるのかまるで魔術師のような術によって
古代から現代に至ってきたことが想像できます。

アンティークラグ、オスマン時代

日本にも、聖徳太子で知られるの冠位十二階など色彩など、かなり古い時代から
色に対する感性を持ち続けてきた伝統があります。
事実、着物文化の続いてきた江戸時代までは日本固有の色彩が残っていたことでしょう。
乾いた砂漠地帯で好まれるメリハリの利いたはっきりとした強い色彩とは少し違った
穏やかで 少しあいまいな色の世界があったようです。
微妙な色彩の違いがわかりそれを好む日本人の感性は世界に誇れるものですが、それだけに染めの
世界は閉鎖的でもあったようです。
草木染めという言葉を一般に広めたと言われる、草木染めの元祖、高崎の山崎家はこれまでの秘伝の
技術を公開しました。
われわれも山崎家の公開した資料をもとに山野の植物から、染物を楽しむことが出来るわけですが
実際にはなかなか簡単にはいかない様です。

山崎工房

イランにも山崎さんのような草木染めの先生がいます。
マフマルバフ監督のイラン映画「ギャッベ」に準主役としても登場していました、アッバス・サイヤヒー氏です。
南部のシラーズ出身の方ですが、映画の中でもロマンチストな先生役で、子供達に色の楽しさを教えながら
言い伝えの「詩」の通りに、泉で遊牧民(カシュガイ族)の女性に恋をして結ばれるというストーリーです。
外見は陽気なおじさんという風ですが、なかなかの役者さんでもありました。
テヘランの絨毯展でお会いしましたが、染料を沢山並べて居られました。
彼の染めた糸で織られた絨毯は、大らかで優しい絨毯でした。

サイヤヒ氏のブース
草木染工房(イラン)

ペルシア絨毯のなかでも、コムという産地は古くありませんがシルク性の最高級の物を織る事で知られています。
数ある有名工房のなかでもラシティザデとラジャビアンは抜き出ていました。
日本在住のイラン人でラジャビアンのものを独占的に扱う高級店があり、懇意にしていたもので、
ある時、訪ねてみると、丁度コムからラジャビアン氏の息子さんが来日しておりました。
ラジャビアン工房の絨毯は鮮やかな写実的なバラの花園が特徴です。
真赤なバラとロイヤルブルーの対比がまさにイラン人好みの煌びやかな、加賀友禅のような絢爛美です。
フランクな方で、しばらくお話をさせていただきましたが、ふと日本の色についての話になり偶然にもっていた日本の伝統色という図録をさし上げることになりました。当日本屋で見つけて何故かふと購入してしまったものでしたが、原色で沢山の日本古来からの色が紹介されてるものでした。彼もたいそう喜んで居られたようでした。

ラジャビアン工房(イラン)

それから、1年ほどしてその高級店を尋ねることがあったのですが、驚いたことに藤色や萌黄色などが
品よく組み合わされたラジャビアン工房の絨毯に出会ってしまいました。
今までに見たことの無い配色のコムシルク絨毯に、言葉を失ってしまいました。
確かに、お茶会の時などに和室に敷いたら、申し分なさそうな雰囲気でしたが、
いわゆるペルシア絨毯 の豪華絢爛さが少し控えめになっていました。
その後しばらくして、デパートでペルシア絨毯を見る機械が合ったのですが、
何か全体に淡い感じのぼんやりとした印象のものが多くなり、少々興ざめの印象でした。
もちろんこれらは日本向けの物なのでしょうし、歴史的にも経験豊富なペルシアの絨毯商たちが
日本の市場を十分に意識して、生産されたものなのでしょう。
聞けば、売上もその淡い感じの物のほうがいいようでした。
良し悪しは別として絨毯生産国の市場はダイナミックに動いています。

草木染デモンストレーション(テヘラン)
トルコでも20年ほど前から、ドイツ人が主導の「DOBAG」というプロジェクトが成功をおさめました。
安価な科学染料が急速に普及して、ほとんどが科学染料にとって変りつつあった20世紀後半に
手紡ぎの糸を草木で染めて、伝統的なデザインを復活させるという、国を上げての取り組みでした。
この成功によって、草木染めの絨毯やキリム製作に取りもうとする業社が増えてきたことは大きな変化です。
隣国イランでもこの様な取り組みは始まっています。また、戦後復興の最中にあるアフガニスタンに
おいても日本人などの援助でこうした動きが草の根ではありますが、始まっています。
ただし、大事なことは草木染めであれば何でも良いかということで、伝統的なものを復活させるのか
使用国の嗜好に合わせたものを生産するのか、またその両方を継続していくのか?
これからの課題も多いと考えています。

サファビ朝時代の天然染め絨毯

イランの伝統的な絨毯産業に詳しいアリ=ソレマニエさんが、「革命以前のイランにはカールファルマーと
呼ばれる絨毯の織り手を取りしきる、親方=旦那が多かったが現在は少なくなってしまいました。
そしてカールファルマーと呼ばれる人達は誇り高く、絨毯に精通し、なおかつセンスが良かった。
嘆いておられました。時間をかけて一目づつ結んでいく根気のいる絨毯作りは
それゆえに100年先まで使いつづけることが出来ます。せっかく作る絨毯であれば、
ただ売れる市場に合わせたものではなく次世代の人達が見て喜んでもらえるようなものになるかを、
深く考慮しなければならないと感じています。

色について5.≪先住民に好まれる三原色≫

Black=黒色

黒―先住民の三原色
ユーラシア大陸の先住民族や遊牧系部族にとって『白・黒・赤』の三つの色は
象徴的な色として尊ばれてきました。
白は正しさや、明るさを表す色。黒は夜の闇や死を表す。
そして赤には生命力と火の色を表す三原色として息づいて来ました。
毛織物の多くは赤系で、あまり白っぽいものや黒っぽいものは多くありません。
黒は文様を際立たせるための縁取りや文様の境目などの部分に使われることが
ほとんどです。
染料としては濃い青や原毛の黒、またはお茶の葉やタバコの葉などの植物もつ使われる
ことがありますが早く染めるにはタンニンを多く含む樫の皮やザクロの皮などに
酸化鉄などの腐食性のあるものを混ぜることで黒い色が出ます。
しかしこれらの黒は50年をを越えると腐食して毛が薄れて行きます。
パルーチ族などのアンティーク絨毯で、黒やこげ茶の部分の毛足だけがが
無くなっているものをよく見ます。
バルーチ族の毛織物には珍しく黒や濃い色ばかりが使われることがあります。
とくにアフガニスタンのファラー地方周辺のムシュワニ系部族に見られ、
暗いところで見ると全体が真っ暗で驚くことがあります。
この地方は羊毛の質がよく使いこむと艶が出るので、黒豹の毛皮のような雰囲気です。
その暗い部分に部分的な白の色が、星空のように輝きます。
あるバルーチ愛好家は暗闇に光る宝石と称していましたが、
欧米でも熱狂的なバルーチファンが増えているようです。
以前は欧米では色彩の暗さからあまり好まれず、現地にけっこうよいものがありましたが
最近は驚くべき勢いでアンティークの出来のよいものが姿を消しています。

バルーチ サドルバック バルーチサドルバック

White=白色

 

白―暗闇に光る宝石

白は染めていない白っぽい羊毛の色もしくは生成りの木綿が使われます。
とくに木綿は洗えば洗うほど白くなりますので、古い物ほど白が浮き上がります。
シャーセバン族のスマック織りのマフラシュやロリ/バクチアリ族の袋物などによく使われます。
また、白が入ることにより毛織物特に絨毯の場合全体の印象が変ります。
部族絨毯は全体的に濃い色が多いので、白が入ることで全体にメリハリがでます。
しかし、アフガニスタンのトルクメン系の絨毯と13世紀~15世紀エジプトの
マムラク朝の絨毯にもあまり白が使われません。
アフガンは全体に赤が中心なので、ビロードのような深く静かな赤い世界が、マムラク絨毯は赤と黄色
緑ががかった青の三色が微妙に混ざり合った万華鏡のような不思議な世界が広がって
マニアにはたまらないようです。

バルーチ サドルバック バルーチサドルバック

Beige=ベージュ

ラクダ色―ソフレの自然色

イランのホラサーン地方のクルド族を中心に周辺のバルーチ族・アフシャール族
にラクダの毛を染めないで使用したソフレと呼ばれる毛織物があります。
この地域意外でも,食卓用の敷物やナンを包むなどに染めていない天然の色の毛が使われます。
ラクダの毛や黒い羊の毛が脂分を多く含み水分を弾く機能があるために使用されるのでしょうが、
紙・木・土など天然素材や自然のありのままの色彩を生活の中に取り入れてきた日本人にとって
親しみのある色彩です。
ところが砂漠がちの西南アジア地域ではこのような自然のいろはカーキ色の砂漠の風景に
溶け込んでしまうためあまり多くはありません。
顔つきがほとんど日本人のような,アフガニスタンのハザラ族やパキスタンの北西辺境州の
フンザ周辺の村などのキリムに、時々染めていない原毛だけで織ったものを見つけることが出来ます。
山深い辺郷なため植物系の染料が入手できないためか、彼らの感性からそのような色彩になったのか
はわかりませんが、何枚目かのキリムを求められる方や、和風感覚の洗練された方、アート関係の方などに人気です。

クルドソフレクルドソフレ
ハザラ 原毛キリムハザラ 原毛キリム

色について4.≪茶系統の染織≫

Brown=茶色

茶―アフガニスタン遊牧民の土色

茶は胡桃の殻や木の実の渋などで比較的簡単に染まります。
鉄さびや泥などの植物以外から色を出したり、染めていない茶系の羊や山羊の毛をそのまま使うこともあります。
アフガニスタンにも落ち着いた配色のキリムが数多く織られてきました。
ラビジャール・マイマナ・カライナウなど中西部に主な産地が集まっていますが、
部族的にはウズベク族・ハザラ/タタール族・アイマク族・タイマニ族などトルコ/モンゴル系の
落ち着いた深みのある色彩と大胆で力強い印象の大型サイズのものが多く見られます。

アナトリアのキリムが華やかで色とりどりの女性的な感じがするのに対して、
アフガニスタンのゲリム=キリムは素朴で男性的な感じがします。
イメージとしては東北の 萱葺き屋根の民家など似合いそうな雰囲気です。
少数なため、あまり多くはありませんがタイマニ族の絨毯やスマックには
そんな素朴さを凝縮したような味わいがあふれています。
ヒンヅークシュ山脈の西の端と古都ヘラートの間の山間を遊牧する山岳少数部族ですが
焼きしめの茶碗を長い間使いこんだような、「わび・さび」の感性をくすぐるような趣です。

ウズベク ラカイ スザニ
カモソフレ

余談ですが、現在は記念館となって一般公開されている鶴川の白洲邸に
数々の骨董に混ざってアフガニスタンのキリム(マイマナ産)が使われていたのを、
20年も前の古いインテリアの雑誌で見つけて、感激した記憶があります。

Purple=紫色

紫―激しいパシュトゥーンの紫 紫は赤と藍を混ぜてだす場合が多いようです。
また、コチニール・ケルメスそしてラック(臙脂虫)などの虫系の染料は深みのある紫系の
赤に染まり時間たったり、日光で焼けたりすることで紫色なることもあるようです。
紫といえば,帝王の色ともいわれる貝紫が有名ですが、ムラサキガイの卵巣のほんの僅かな
部分を集めて採集する色彩は、海の少ない西南アジアでは、ほとんど見られません。
可能性としては、地中海沿岸のアナトリアか北アフリカなどでしょうが、シーザーの
衣裳であった帝王紫が敷物などの毛織物に使用された例はほとんど聞いたことがありません。

アフガニスタンを代表する部族パシュトゥーン族(別名アフガン族)の織ったキリムで
モゴーリ地方に集まる物の中に、とても深い紫色のキリムがあります。
新しいうちはほとんど黒に近いような濃い紫ですが、数十年の時を経て、使いこまれたものは
色が落ちて 何ともいえないいい紫の毛織もなってきます。最後の遊牧民ともいえる
遊牧的性格を強く残すパシュトゥーン族は、現在でもたいへん長い距離を移動生活する
数少ない部族ですが、そのワイルドな性格と頑固な気質がこれまで彼らの生活文化を守り続けた
要因かもしれません。
頑健で逞しい男達を産み育てるパシュトゥーン族の母親は気性が激しく
喧嘩で負けてくる男の子を追い返すといわれています。この女性達が織る丈夫なキリムは
同じサイズでも、圧倒的に重くがっしりしています。しなやかなアナトリアキリムと
比べると3倍いぐらいの比重がある ように思われます。
この紫が何の染料で染められたかは、不明ですが葡萄やブラックベリーなどの皮という説もありました
。葡萄系は染まっても色止めが難しく、水洗いや,日光などで退色が激しいということです。
ただし、ワインなどのようにいったん発酵させてから染めることで色が落ちにくいという報告もあり、
今後の調査と研究が期待されます。

ハザラキリム ハザラキリム
ラビジャールキリム タタールラビジャールキリム

色について3.≪黄色系の染織≫

Yellow=黄色

黄―皇帝の黄色 黄色といえば中国歴代の皇帝のみが着ることを許された黄色の皇帝服(龍衣ロンパオ
)がよく知られていますが、皇帝専用の絨毯にも黄色が使われていました。
中国の古代哲学陰陽五行説の中心をなす五黄の色として一般市民には許されない高貴な
色として最近まで一般庶民が使うことは制限されていたようです。
宮廷用絨毯として製作されたものは、非常に数が限られていますが故宮博物館などで見る事が
出来ます。そのほかには、甘粛絨毯として知られる北西地域の手織り絨毯にクリーム色に
近い淡い黄色と藍のコントラストが利いたバランスの良い絨毯が知られています。
比較的シンプルな構成で落ち着いた中に力強さが感じられる品のある絨毯です。
最近ではあまり見ることの出来なくなってしまった日本の手織り絨毯の元祖
鍋島段通がこの甘粛 絨毯の影響を多く受けていると思います。

≪写真10534甘粛黄色≫

≪写真10534甘粛黄色≫

甘粛黄色
黄=様々な草木の黄色 ウコン(ターメリック)、ソマック、ヒエンソウ、モクセイソウ、
などなど黄色を出すのには様々の植物から抽出された染料を使います。ヒエンソウ、
モクセイソウなどは花の花弁やおしべを使います。アナトリア地方は春になると多くの
野の花が咲きます。
野外生活で自然と付き合いが豊富な遊牧民達は、春の花の時期に集めた花を染料に
様々な黄色やオレンジ系の色を出すことが出来るようです。
アナトリアのキリムや絨毯には、そんな自然の花畑をそのまま切りとって来たような
美しいものが多いです。

黄=サフラン
高級食材としてしられるサフランも時として染料となる事があります。
イラン北東部ホラサーン地方はサフランの豊富な地域ですが、時として鮮やかでいながら
品の好い落ち着いた黄色の織りこまれた絨毯を見る事があります。
しかし全体が黄色と言う絨毯は珍しく多くは部分的に使い華やかな効果を出すようです。
一枚だけホラサーンクルドの100年以上前の絨毯でフィールド全体が黄色の絨毯を
入手した事ががあります。もしクロッカスの僅かなおしべだけを集めてだした黄色だとしたら
驚くほどの花が必要なことになります。
まさかと思う反面もしかしたら昔の部族の人達であればやりかねないという期待もありました。
ただサフランは退色が激しく高価なことから、染料としてはあまり現実的でないかもしれません。

Green=緑色

緑=ウズベクの幻の緑(ウスマ)
緑はオリーブの葉や胡桃やピスタチオの葉から採集するといわれています。
もしくは、藍と黄色を混ぜることにより緑の色を出しています。
ウズベキスタンに幻の緑色があると聞きました。
確かにウズベキスタンの誇る手工芸のひとつにイカットと呼ばれる絣織りがあります。
絹糸を括り染めるという工程を繰り返し柄を作っていく大変に時間と根気がいる手仕事です。
この地域のとくにフェルガナ盆地は養蚕も盛んな地域で、鮮やかな絹糸が発する光沢が
綺麗な絹の縦絣のチャパンと呼ばれる民族衣裳が古くから伝わってきました。
アトラスとも呼ばれる絹絣(IKAT)はかつてのウズベク族の洗練された文化を
象徴する手仕事のひとつです。このチャパンに鮮やかな緑色のものが見られます。
胡桃やピスタチオのような少しくすんだ色でもなく藍と黄色を混ぜたような色ではなく
透明感のある澄んだ緑色です。

ウズベク絣

数年前に民芸館で行なわれた中央アジアの染織展のレクチャーでウズベキスタンを
専門に研究されている中上正美子さんから研究者の間で調査が進んでいる藍=インディゴでない
ウズベキスタン独特の植物があることを聞きました。
この植物は藍のように発酵させずとも鮮やかな緑が出るそうで化粧用の色素としても眉毛の間に
塗られていたということでした。 しかし現在ではあまり使用されず幻の緑となっているそうです。
また、アナトリアキリムの古い物やカシュガイ族のキリムや絨毯にもに見事な緑色が使われています。

Orange=オレンジ

オレンジ―世界の部族に好まれる明るい色彩
イランの古い文化を伝えるファルス地方の遊牧民カシュガーイ族は女性の華やかな
衣装とともにカラフルで明るい色彩の質の高い絨毯やキリムを織ることで知られています。
季節によっては、アケメネス朝ペルシアの偉大なる王ダリウス1世の宮殿ペルセポリスの
あるすぐそばで黒い屋根のテントを張っている姿を見ることも出来ます。
現在ではカーキ色の砂漠が広がっていますが、悠久な時を毛織物を通して今に伝えるひとびとです。
このオレンジ色は黄色系の植物と茜を混ぜることが多いようですが、アナトリアのキリムや
西イランアフガニスタンのウズベク系部族の多いマイマナ地方に集まるキリムにもよく見かけます。
このオレンジ系と青色は色彩てきには補色関係にありお互いをいっそう引き立てます。
また同色系の茶系の色との組み合わせも落ち着きがでてよく使われる組み合わせです。

カシュガイギャッベ
カシュガイ ギャッベ

もうひとつオレンジが良く使われる部族にイラクのマーシュアラブの人たちがいます。
かつてのメソポタミア文明の地に長きに亘って生活してきた人々ですが、チグリス川、
ユーフラテス川に挟まれた湿原地帯をテリトリーに、洪水と夏の厳しい暑さと共存してきた
不思議な人たちです。
上流に大きなダムが出来、一旦は住む場所を失いちりじり、ばらばらになってしまいましたが、
新イラク体制により湿原は回復して来ているようです。

彼らが伝統的に作り続けた手仕事に刺繍の大型布があります。
この刺繍布の多くがオレンジ色をベースにしています。

マーシュアラブ
マーシュアラブ刺繍布

 

 

色について2.≪青=インディゴ染織≫

青=bule 藍=インディゴ

バルーチの深い青 「キリムは色だ!」とよく言われるように色彩の乏しい砂漠に生きる遊牧民にとって
色の組み合わせは最も重要です。 イランのカシュガイ族などに見られる花畑のようなカラフルで
メリハリのある毛織物が多い中で、バローチの色使いはシックです。 クルド系やバクチアリ、
ルル族などキリムの特徴の見分けが難しいなかで、バローチは直ぐに分類できるようになります。
特に濃い色を好むので全体としては暗い印象を受けますが、日光などの強い光で見るとこれまでに
見えなかった同色系での微妙な色の違いが見えてきます。 植物の絶対数が少ない不毛な土地なために
華やかな色の染料が少ないことと、日差しが強いため暗い色が目に優しいということも有るようです。
この控えめな色彩感覚は、「わび・さび」に代表される渋い色彩を好んできた日本人の感性にも合うようです。
とくに濃紺に近い深い藍色は神秘的でひき込まれるような深い青です。

≪アフガンファラー周辺バックの表皮↑    テムーリ祈祷用絨毯 ドフトレカジィ≫

≪アフガンファラー周辺バックの表皮↑    テムーリ祈祷用絨毯 ドフトレカジィ≫

欧米でもミステリアス・ブルーとしてとくにアフガニスタンイランの国境付近のテムーリ系バルーチ族
の濃い青は時間がたち、使いこんだ羊毛に艶が出て くるほど深く静かな藍が表れてきます。
藍という染料のもつ特徴に染められた素材を丈夫にする働きがあるようで
とくに古い絨毯の藍で染められた部分だしっかりと残っているものを見る事があります。
もともと虫や毒蛇などを寄せ付けない効果ももつ藍は、荒野で害虫や蛇の多いバルチスターンには
欠かせない色だったのかもしれません。
この地域のブルー系のほとんどは藍(インディゴ)で染めれられているようです。
ユーラシア大陸においてほとんどが、豆科の藍です。
ジャパンブルーと言われる日本の藍は蓼科の藍です。
藍は他の植物染料と異なり美しい色を出すには発酵という過程が必要です。
遊牧民にとっては移動生活のため藍甕など不便です。
藍の早い発酵を助けるのに、家畜の尿を使っていたという地域もあります。

イサティス=大青
世界最古のパジリク絨毯の深い湖のような透明感のある青は、イサティス(トルコ語)大青(ウォード)
という植物によるものであるといわれています。
部族のキリムや絨毯の研究者で草木染については最も専門的な研究を行い
トルコ遊牧民と共に生活したHalorud Bommer氏は『KOEKBOYA』
トルコ語で『草木染』という意味、化学者としての知識や技術も併せ持つ、染織研究の権威です。
Bommer氏や部族絨毯研究家のJON THOMPSON氏によると北方地域に多い
この大青がパジリク絨毯に使用されたという見識を発表しています。
これが事実であるとすれば、パジリク絨毯がイラン南部などで無く
イサティスの取れる北方のステップ地域で染め、織られたのではないかという想像が膨らみます。
日本でも蝦夷大青という名前で北海道に一部生息しているようです。

≪ISATIS イサティス大青『kyokuboya』 H.Bommer著より≫

≪ISATISイサティス大青『kyokuboya』 H.Bommer著より≫

不毛の土地で最後まで移動を続けるミステリアスな遊牧民バルーチ族は、 不思議な魅力を持つ絨毯を作ります。
その理由の一つは、その色彩感覚です。鮮やかでめりはりのある色使いを好む他民族の毛織物の中で
かれらの 絨毯やキリムはすぐにわかります。濃紺に濃紅や黒そしてこげ茶色など濃くて渋い色を好みます。
厳しい日差しの環境なため、テントの中では、目をやすめるために暗い色を好むと言う説や、
不毛な土地で色を染める染料となる植物が少ないから であるとも言われていますが、
アラビア半島あたりから、長い長い旅を続けてきた彼らの際だった感性の結晶ではないかと思えるのです。
天幕の中に差し込む強烈な日差しに、暗い地色に散りばめられた小さな白い花や星文様が、
ダイヤモンドのようにきらきらと輝きます 大自然の光と闇を知るかれらの生きる強さと、
しなやかなをあわせ持つ、満天の星空のような絨毯です。

≪バルーチ族 シスターン地方 サドルバック パイル ≫

≪バルーチ族 シスターン地方 サドルバック パイル ≫

Blue &White Ningxia Antique Rugs

今週の木曜日よりアジアの様々な地域に伝わる最もベーシックな色である青と白の色に着目し、衣料やアンティークのテキスタイルを幅広く紹介する展示会が始まります。

タイトルは「colors of asia 2 “Blue & White”」藍と生成りの世界です。
会期:2011年7月28日(木)~8月2日(火)

インドの更紗、刺繍、アップリケ、織物、中国の藍染、少数民族の刺繍&織り、ラオスのブランケット、インドネシアの手紡ぎ布、タイのオーガニックコットン、イラン遊牧民のジャジム、ソフレ、アフリカの藍染布など等世界の“Blue & White”が大集合です。同時に中国家具も展示されます。
こちらからはこれまでに少しづつ集めた中国西北地域 中国寧夏縲怺テ粛~包頭(pao tao)周辺 の絨毯をご紹介します。

欧米でもシノワズリーやアジア趣味などのマニアやコレクターに人気ですが、あまり知られていない日本の手織絨毯のモデルになったとも言われています。
日本にも手織りの絨毯がある事はあまり知られていませんが、最も古くは鍋島藩(現在の佐賀県周辺)の鍋島緞通が有名です。
鍋島藩は焼き物はもちろん、現在は佐賀錦や古渡り更紗の鍋島更紗など手工芸品の盛んな藩として知る人ぞ知る、レベルの高い手仕事を生み出して来た地域です。この鍋島緞通のモデルになったといわれるのが万暦毯と呼ばれる「タンツー」で長崎の出島を経由して長崎街道を通り齎されたと言われています。有明海で取れる良質も木綿を使った緞通は日本各地の大名に気に入られもっぱら藩を代表する献上品としてさらに発達したようで、その後は江戸期末期より明治~大正~昭和初期までは産業としても織られていたようです。

お茶席などで使われる事が多かったようで、古いものは木綿が茶染を吸収して汚れが落ちにくいという欠点はあるものの生成りと藍というシンプルな色彩が海外でも受けているようです。意外と日本では殆どその存在が知られていません。

和段通

それより少し遅れて生まれたのが赤穂緞通です。
一見同じように見えますが、織り機や構造、また赤穂独自の筋抓みという立体感をだす技法が生み出されました。
今回も一点展示します。

赤穂段通

その鍋島や赤穂に大きな影響を与えたと思われる、藍と生成りの中国寧夏縲怺テ粛~包頭(pao tao)周辺の
絨毯4点をご紹介します。

Ningxia Antique Rugs

Ningxia Antique Rugs

Ningxia Antique Rugs

Ningxia Antique Rugs

どれも羊毛の感触が抜群です。チベットにも近い高地で育った羊毛が使われています。

青と白の絨毯 <Blue & White>

展示会「colors of asia 2 “Blue & White”」

Blue&White


アジアの様々な地域に伝わる最もベーシックな色である青と白の色に着目し、衣料やアンティークのテキスタイルを幅広く紹介いたします。
会期:2011年7月28日(木)~8月2日(火)

時間 7月28、29日 8月1,2日は12時~19時 7月30(土)、31(日)は11時~19時
会場:アジアンインテリアショップエスニカ 横浜市青葉区桜台25-5 桜台ビレジ1階(地図のページはこちら)
お問い合わせ:045―983―1132 メールの場合は、本サイトのお問い合わせフォームからお願いします。

今回のエスニカさんでの展示会は一昨年の<赤=Red in Asia>に引き続き“Blue & White”をテーマに行います。

赤い絨毯やキリムは星の数ほどあるのに、『青と白の絨毯やキリム』は本当に少ないです。
今回の展示会には様々な地域の手仕事が紹介されますが、青と白の手仕事は意外と少ないのではないかと思います。
博物館の学芸員さんも「赤い色の衣装」は婚礼用などを中心に世界的にあるのに、「青と白の衣装」は探すのが大変だったと聞きました。

特に湿気の多いこの時期の日本では涼感のある“Blue & White”は季節感がありますが、日本より暑いはずのインドや西アジア地域でどうして
青と白の布や毛織物が少ないのか?とても興味が出てきます。

今回は中国西北地域甘粛省~包頭(pao tao)周辺で織られた、欧米で Ningxia RUGとして知られるラグを出展します。

pao tao Rug

pao tou Rug

pao tou Rug medarion

vase 花瓶文様

中国西部ホータン絨毯で有名なウイグル族と山岳高地チベット絨毯にもどこか共通する甘粛~包頭周辺の絨毯は欧米ではNingxia RUGとしてシノワズリー(東洋趣味)の流行と共に広まったようです。17世紀頃のアンティークは大変に見事なものも多く、世界のコレクターの間でも貴重な絨毯コレクションのアイテムのひとつです。
上の絨毯も150X80cm程度の小ぶりなものですが、高地山岳地帯の羊毛を使用しているのか肌触りは気持ちよく、パイルもしっかり残っています。
デザインも東西文化交流をそのまま表現しているような、コーナーとメダリオンその上にベース(花瓶文様)というイスラム美術が生んだ宮廷絨毯の要素をしっかりと取り入れながらも、ボーダーやコーナー部分には仏教的な卍文様や、花瓶にいけられるのは漢民族に愛される、たわわに実る桃の果実が描かれています。そしてないよりの特徴は色彩で見事なまでのストイックな“Blue & White”です。

民族や人種による嗜好性の違いなのか?その地域で取れる染料の違いなのか?はたまた宗教観や社会制度による違いなのか?
今回の展示で集まるものを通じてそのあたりを感じられたり、検証できたら楽しそうだと今から期待しています。

参加者は手仕事フェスタでお馴染みのアジア各地が専門のディーラー仲間です。

コカリ(kocari):テキスタイルや工芸品の名店で研鑽を積み独立。現在は、インド各地で美しいテキスタイルのアイテムを買い付ける。デザイン性の高い、オリジナルのショール、ストールなどのファブリック商品やアクセサリーは、全国各地で開催される様々な展示会でも好評を得ている。kocari公式ブログ
kocari
小倉猛斗(Ogura):タイやベトナムに赴き、藍染め、黒檀染めの衣料、またカレン族の無農薬栽培の木綿を使った優しい風合いのスカーフなどを展開。今、全国のギャラリーが注目しているバイヤー。 小倉商会 Og公式ブログ

いんどもよう(Indomoyo):インドの木版更紗など、リーズナブルで良質なアイテムを提案しています。値札に到るまで、細かい、そして優しい配慮がされているショップ。通常はネット販売のみのため、実際に商品を手に取り、またショップの方と直に話ができる貴重な機会となります。在廊予定は、要確認。 いんどもよう公式サイト&ネットショップ
indomoyo
ファニーフェイス(Funny face):ハンドメイドによるアジアンスタイルのアクセサリーを製作。またインドのミラーワークの可愛いバッグは、手仕事フェスタでも人気商品となる。アジアの音楽やファッションに詳しく、手仕事フェスタの会場のBGM選曲やファッションコンテストのコーディネートも務めた。

エスニカ(ethnica):当店です。主に中国のアンティーク、ユーズド、復刻品の家具を扱う。2010年より少数民族苗族のテキスタイルも取り扱いを開始。エスニカ公式サイト
ethnica

参照:http://www.jutanya.com/knowledge/motif/875/

色について1。≪赤の染織≫

部族の毛織物<染色編>

    遊牧民の染織については、文献資料が少ないため詳しい記録が少なく研究者の 間でも意見が異なるところです。イランでも伝統的な草木染を復興する動きが出てきています。 この所その動きをリードしているのは、染色家のAbbas ・saiyahi氏です。映画にもなった『Gabbeh』の教師役として出演そていたその人です。 また、草木染絨毯の復元をしているMiRi工房などもあります。しかし、この草木染復興運動のさきがけとなったのは化学者で アナトリア遊牧民のフィールワークと、専門的知識から草木染の本格的研究と調査、復元を行ったドイツ人のHarld・Bommer氏でしょう。 2002年は世界各地の天然染料によるテキスタイルとアナトリアを中心とするキリム・絨毯・布など紹介と染料を分析した本格的な『KOEKBOYA=草木染』 が出版されました。このテキストの写真などの多くはそこから引用しています。

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画像は≪草木染イランの代表的天然染料の素材/アッバス・サイヤヒー工房≫ ABBS SAYAHI


Red 赤

赤=Red 草原の赤い絨毯 砂漠の植物 茜(マーダー) 個人的にも絨毯といえば赤い色を連想することが多いです。 おそらくかなり昔から赤い絨毯が特別な意味をもっていたのではないでしょうか?そういえば偉い人の通る道に敷かれる絨毯も赤い色です。 また、ひな祭りの雛壇の敷物も赤いフエルト=毛氈です。赤い絨毯=緋毛氈は日本人の暮らしの中にも息づいてきた色です。 赤い絨毯といえばトルクマンをおいてほかにない、それほど彼らの絨毯には赤の色が多い。 赤にはもともと魔ヲ寄せ付けない呪術的な意味がこめられていたようです。彼らの絨毯には、これでもかというほど赤い色が使われています。 最も赤にこだわり,赤のもつ呪力を信ずる部族がトルクメンといえるでしょう。ユーラシアの草原の大地やオアシス都市を、東西に奔走してきた騎馬民族の 熱い血の色…。

≪left トルクメンエルサリ絨毯(ジュワル)/right ウズベクスザニ(刺繍布)↑ ≫

≪left トルクメンエルサリ絨毯(ジュワル)/right ウズベクスザニ(刺繍布)↑ ≫

カーペットロードと呼ばれるこの地域全体に多大な影響を与えた草原の赤い絨毯。草原に咲いた真紅の芥子の花のような華やかで暖かい太陽のような絨毯が彼らの生活そのもののように思えます。

西洋茜=ペルシア語ではロナス。

≪ アナトリア地方の茜草 『kyokuboya』 H.Bommer著より≫

≪ アナトリア地方の茜草 『KOEKBOYA』 H.Bommer著より≫

トルクメン絨毯を始めオリエントの近代の草木染めの赤い色の多くはほとんどが この茜を使っているといえるでしょう。茜は西・中央アジアを原産とする砂漠気候につよい植物です。 染料は根の部分を使うのですが、砂漠の少ない水分をぎゅっと凝縮したような鮮やかな色を出します。また、土の中に埋まっている根の年も関係し3年ほどの ものや10年近いものなど、古い物ほど濃い色が出るようです。日本にも茜はありますが、はんなりとした穏やかな色をだします。(日本茜) 現在のイランでもの質の良い茜の産地は最も砂漠気候のヤズド周辺です。自給自足の時代には茜の根をそのまま煮込んで染料にしていましたが、現在ではたとえ草木の茜でも売られているパウダー状の粉末が使われているようです。 微妙な色むらの面白さが出にくくなって来ているということです。また、茜に限らず草木染めは媒染によって大きく色彩が変ります。 アルミやすずなどは比較的明るい色に染まりますし、鉄媒染は深く暗い色に染まります。 バルーチ族などは、より深い色を出すために胡桃などの果肉(タンニン=渋)を 一緒に煮込むことで黒に近いシックな臙脂色を出しています。
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この茜もオレンジ系の明るいいろから茶褐色の暗い色まで多様に染まります。 また、茜の特徴として古くなると黄味が出てきますので、赤いトルクメン絨毯の100年を超えるものなどは、黄金みをおびた深い赤に変化していきます。 純粋な紫を出すにはこの茜の黄色みをまず抜いてから藍(インディゴ)を混ぜるという方法が取られるようです。 赤=ケルメス ケルメス樫という樫の木に作られた小さな虫の巣から取る赤い色です。小枝のあいだに雌が赤紫のビーズのよう玉を作ります。 これを酸に溶かしてから乾燥させ染料となります。このケルメス樫はペルシアが原産でフランス・スペイン・イタリアなどに 分布しています。

以前、国立博物館で「織り出された絵画」というベルギーの有名な タピストリーを見る機会がありました。よく知られるゴブラン織りで織られたお城などに掛けられる見事なものでしたが、そのなかで赤の色がとても印象に残る作品がありました。 真中に大きな木がある村祭りを題材にしたもので,赤い色の使い方が目を引きました。そのときはわかりませんでしたが、図録で確認しているとその作品の題名が《村祭り(ケルメス)》というのです。ケルメス樫の木の葉はヒイラギににています。 絨毯などの文様の廻りぶち(ボーダー)部分にとげのある葉が魔除け的な意味のモチーフとして使われます。

 ≪Kelmes 『kyokuboya』 H.Bommer著より≫

≪Kelmes 『kyokuboya』 H.Bommer著より≫

また、多くの草木染めの染料となる植物や甲虫には漢方薬としての効能があることが知られています。 このケルメスにも神経痛を和らげたり、強壮剤などの効果があったようです。お祭りとして残るほど「ありがたい木」であったことが想像されます。 また、現存する世界最古の絨毯として知られるシベリアのアルタイ山脈のパジリク渓谷で発見された有名なパジリク絨毯がケルメスで染められたと織られたと考ええられています。およそ2500年前に織られたものということになっていますが、深い紫を帯びた赤い色が時を越えて見事に残っています。 最近ではイランをはじめ、このケルメスによる染織品を見る事が少なくなってしまいましたが、幻の赤い色として言い伝えられていくことでしょう。

コチニール=赤
中南米原産のサボテンにつくかいがらむし(コチニール)は限りなく紫を濃くしたような深い赤い色をだします。

≪chotineal 貝殻虫 中南米地域 『kyokuboya』 H.Bommer著より≫

≪chotineal 貝殻虫 中南米地域 『kyokuboya』 H.Bommer著より≫

主にサボテンに棲息する虫なので、ユーラシア大陸に伝わったのはコロンブス以後で17世紀以降といわれていますが・・・。 オランダの科学者が錫を加えて鮮やかなスカーレット色を作り出してから、それまでは主役だったケルメスにかわりヨーロッパ中に広まったそうです。 もちろんインカやプレインカ時代も優れた染織品の宝庫ですが、ここで使われた鮮烈な赤はコチニールによるものでしょう。 もちろん当時のトルコやペルシアにももたらされ、主にスルタンやシャーのための宮廷用絨毯や一部の都市工房の高級絨毯に使われたことも知られています。 輸入品の高価な染料は遊牧民や小さな村の織り手に届いたかどうかはわかりませんが、モロッコの地中海側の素朴な絨毯にこのコチニールと思われる濃い赤紫の色を見つけたことがあります。 モロッコの地中海沿岸のエッサウィラやアガディールを訪れたことがありますが、まるでメキシコの太平洋岸のアカプルコのようなリゾート地でサボテンがあっても不思議でないような雰囲気でした。 地中海沿岸のカナリヤ諸島にもにもコチニールを産するところがあったようです。

ラック=赤
インドを中心にブータンやビルマ東南アジアにかけての地域では、臙脂虫といわれる ラックによる赤染織が行なわれてきました。絨毯やキリムなどにはあまり使われなかったようですが、目に見えないほどの小さな 虫の作った巣から抽出した紫系の赤い染料です。チベットのお坊さんの着ている深い臙脂の衣がこのラックで染められているそうです。インドのサリータイやカンボジアの絹絣などにも多くがこのラックが使われています。これまではあまり絨毯には使われた形跡がないと思っていましたが、イスタンブールで行われたICOC(国際絨毯会議11回)のトルクメン絨毯研究家の発表で一部のサロール支族の絨毯やジュワル(袋物)にこのラックが使われていたという発表がありました。おそらく19世紀以前にはインドやチベットあたりからこのラックがもたらされ、当時力の あったトルクメン絨毯に使用されたことでしょう。

≪Lacラック 臙脂虫  『kyokuboya』 H.Bommer著より≫

≪Lacラック 臙脂虫  『kyokuboya』 H.Bommer著より≫

紅花・蘇芳など
エジプトが原産といわれる紅花は、山形産などが有名で茜より一般的かもしれませんが気候的にも西・中央アジアではあまり使われてこなかったようです。 その要因のひとつは紅花は日光などの紫外線に弱く退色しやすいことがあげられます。日本でも紅花で染められた着物は箪笥の奥にしまって置くのが習慣だったようですが直射日光にさらされる遊牧民の毛織物には向かなかったかもしれません。 染織文化の王国インドで使われる蘇芳も、同様です。

【アジアの赤い世界】

アジアの赤い世界1.